追悼 つげ義春
漫画家のつげ義春さんが亡くなられたそうです。88歳。
彼は紛れもない天才でしたが、短期間に非常に多くの傑作を制作し、その後は鳴かず飛ばず状態が続きました。
晩年は仕事もせず、統合失調症の息子さんと二人で調布の団地暮らしをしていたと思います。年収は100万円ほどだったそうですが、2022年に叙勲と芸術院会員に選ばれたことで年金がもらえ(会員は非常勤の国家公務員で、年250万円の年金が支給される)、最後は少し楽できたようです。
彼のマンガについては、実際に見ていただくのが確かですが、私の印象は「死後の世界」を表現しているもの、となります。
死後の世界と言っても、いわゆるあの世ではなく、自分が死んでいなくなった後のもはやあらゆる意味(自分にとっての)が消えて無くなった世界のことです。
彼は観念的に自分をこの世から消し去って、その地点から世界を眺めることのできた稀有な人だったと思うのです。
これは多分、彼自身がこの世界から徹底的に拒否された経験の持ち主で、どう足掻いてもこの世の中に意味を見出せなかった苦しさがマンガに投影されているのだと思います。
彼の父親は腕の立つ板前だったそうですが、病気になり、邪魔物扱いされて布団部屋に押し込められ、そこで発狂して無くなりました。
つげさん兄弟はその現場に母親に連れられていき、「これがあんたたちの父ちゃんだよ! よく見ておきっ」と言われたそうです。
もちろん一家は赤貧生活を強いられます。さらに、母親は再婚するのですが、つげさんは義父にDVされ、家出したりいろいろ…
こんな体験をすれば、その人の心の奥が荒れてしまうのは当然で(漱石や三島由紀夫などにも共通)、彼のマンガに漂うどうしようもない虚無感やエログロ描写などはその発露と言えると思います。
そんなつげさんの世界観を言語で知る貴重な本が『つげ義春が語る旅と隠遁』です。
いろいろな人とのインタビューを集めたものですが、その遁世願望は実に強烈です。
パラパラ抜き書きしてみます。
--どうにも頑張る気にはなれない?
つげ 駄目なんです。仕事したってしょうがないと思ってしまうんです。
--どうしてそうなんでしょうね?
つげ きっと貧乏にいためつけられすぎたからでしょうが、未来がないんですよ。どうしても考えられない。
つげ だいたいが自分は怠け者なんですよ。世の中の事件にもあまり関心がなくて、ひたすら世の中、怠けて生きている、それだけなんですよね。
--つげさんはここのところ大正・昭和初期の文学作品を読み続けているでしょう。そうすると、その当時の雰囲気が身についてきちゃうんじゃないですか。
つげ そういう時代に生きてみたい、その時代に逆行してみたいという気持ちがあるのね。現実に旅をすればそんなことはあり得ないんだけれども、心の中で時間を逆行させて、そこのところの気分でブラブラしてみたいという気持ちですね。現代に生きていたくないんだよね。
つげ 以前に、秋山郷で生まれて、その土地以外に行ったことのない人が語り残したのを書き綴った本を読んだことがあるけれども、その老夫婦は学問がないから読み書きもできない、したがってその人たちの一生というのは食べるだけであとは何もないのね。秋山郷という僻地だからひたすら食べることしかないわけ。それで一生を終わってしまっているんだけれども、人間らしい暮らしだなあと思うのね。
--そういう考え方は二十代の頃から少しも変わっていませんね。「峠の犬」とか「紅い花」を描いている頃も、庶民にとっては、現代よりも江戸時代の方がもっと自由で、生き易かったんじゃないか、と話してましたよね。
つげ だって何も進歩しているとは思えないもの。ますます不自由になっているものね。現代では、人間にとって何が幸せか、となると結局は金銭のことになってくるわけでね。金銭だけを考えればたしかに進歩したのかもしれないけど、そんなことないと思うね。
つげ どう考えても都会で四苦八苦して働いても何の喜びもないもの。
マキ(つげ夫人) でも普通は、四苦八苦することによって喜びが手に入ると思うんじゃないの。
つげ だって都会の生活の中で価値のあるものなんてひとつもないよ。
マキ 七十年すぎて全共闘とかの若い人たちが都会を捨てて沖縄とか北海道とか、山奥へとかに入っていったけどどうなったのかしらね。
--北海道にわたって酪農で成功してる人もいるんじゃないですかね。
つげ 成功するというのは問題だね(笑)。都会の生活は嘘で生きているという気がするね。価値のひとつもないところで生きているというのは、嘘で固まっていることだものね。生命体としての人間にとっては山の生活が一番ふさわしいんじゃないか、と思うね。
いやはや、徹底しています。
最近(と言っても7年前、今の私と年齢的にはあまり違わない)のつげさんはこんなことを言っていたそうです。
――最近はあまり旅行してないみたいですが。
つげ もう旅行に行くような体力がないんです。最近はもう、どこかへ行くといってもお買い得品目当てに近所のスーパーを自転車で回るぐらいで、主婦みたいな生活ですよ。洗濯をして、食料品を買いに行って、1日3食用意するだけで他に何もできない。
昔みたいに音楽を聴くとか映画を見るとか、本を読んだりする時間はほとんどないです。かわりによく眠りますね。僕ぐらいの年齢だと6時間程度の睡眠で十分らしいんですけど12時間ぐらい布団に入ってます。最近の生活はまあそんなもんですね。でもそれもそんなに悪くないです。
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