オオルリ流星群

伊与原新『オオルリ流星群』読みました。
よかったです。

受験を控えた高校三年の夏、恵介の発案で文化祭用に空き缶を使ったタペストリーの制作に取り組んだ生徒たちが、45歳になった夏に再び天文台作りに取り組むというお話。
秦野市という実在の地方都市(私のような丹沢や大山に登る人間にとっては馴染み深い町)を舞台にしていて楽しめました。

あらすじ:
理系の才女彗子(ケイコだが皆からはスイコと呼ばれている)は、勤めていた国立天文台を辞めて秦野に帰り、自分の天文台を作って彗星の観測をしたいと土地探しに動き出した。それを知ったかつてのタペストリー制作の仲間たちが集まり、チームを組んで協力することになる。

チームのメンバーはいずれも厳しい現実に打ちのめされ、鬱屈した気持ちを抱いて暮らしている:久志は古くからの薬局を引き継いでいるが、近所にできた大きなドラッグストアに押されて経営不振となり、薬剤師の奥さんから毎日どうするのかと詰め寄られている。
修は勤めを辞めて司法試験を受けたいと勉強しているものの、うまく行っていない。
梅野はブラック企業で心を病み、退職して完全に引きこもっている、等々。
しかし彼らはこのプロジェクトに参加することで何かを見つけたいと考え始める。

各人の努力とさまざまな偶然が重なり、天文台は実際に形になり始める。
そんな中、かつて高校時代にタペストリーの制作を発案しながら突然途中で手をひいた(しかもその後自殺した)恵介の秘密が明らかになり、その記憶を清算するためにもこのプロジェクトを成功させなければならないと彼らは決意を新たにする。

とうとう天文台は完成し、かつてのタペストリーの模様であるオオルリにちなんで「オオルリ天文台」と命名された。
そしていよいよ流星群観測の日、ミニFM局を運営している引きこもりの梅野が大活躍する。彼は秦野市民に観測に邪魔となる明るい照明を当日は控えるよう自分の局から放送し、それに応えて一部の施設が実際に明かりを消し始めるのだ。
その様子を山の上の天文台から見ながら、彼らは流星群の観測を始める…。


よく練られたストーリーと確かな筆力に支えられて、この45歳に訪れた2度目の青春物語を、おじいちゃんの私でも楽しむことができました。

しかし、かすかな違和感も。
今の若い人たちって、こういうプライベート天文台とかミニFM局などの<現実逃避>型イベントは大好きですが、現実そのものは相変わらず苦手のように見えます。
いわゆるエッセンシャルワークの類は敬遠して、そんな仕事をするくらいなら親の脛をかじってパラサイトする方がまし、と考えている人が多く、その隙間を縫って格安移民労働力が広がっているのではないかな。
(私の偏見ならいいのですが)

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