前世の探検記
森下典子『デジデリオ』を読みました。
彼女の前世を探す探検記です。
ふん、そんないかがわしい話など、と思われるのは当然です。私もそう思っていました。
ただ、森下さんの本はどれを読んでも楽しくて、しかも深い省察がさりげなく挿入されていて、いつも幸福な読書体験を与えてくれます。
だから、心が渇いてくると彼女の本を読みたくなるのです。
本書は現在は絶版なので、Amazonで古書を求めて読みました。
ただ、この本は、これまでの随筆--茶道、猫、食べ物など--と毛色が違い、一種のオカルティックな内容なので、どんな読書体験になるのか想像ができないまま本を手に取りました。
結果は・・・想像をはるかに超えたドラマティックな興奮を味わうことができました。
読めばわかりますが、よほど素直で信じやすい頭の持ち主でない限り、本当? 嘘でしょ? 話を盛ってない? と次々に疑問符が湧いてきます。
しかし本文中にも、後書きにも、この本の内容は全て事実であると書かれています。
多くの登場人物が実名で出てきますし、その所属もちゃんと書かれているので、嘘が書かれていればとっくにバレているはずです。それがそうでないところを見ると、ここに書かれていることは限りなく事実に近いのではないかと(素直で信じやすい頭の持ち主である(笑))私などは思ってしまいます。
そして、こんなことってあるんだろうか、と改めて驚嘆するのです。
きっかけは雑誌社の依頼で京都に住む霊能者(清水広子さん:この人のみ仮名)に会い、自分の前世について占ってもらうところから始まります。
私自身は霊能者ではありませんが、身近にそれらしき人物(叔父)がいるので、雰囲気はある程度知っているつもりですが、この清水さんという人は占いの内容が非常に具体的かつ詳細で、全くレベルが違うという印象でした。
最初、彼女は森下さんが鑑真和上の弟子(学僧)の生まれ変わりだと言います。
その時、あなたは現在の自分を含めこれまでに5回生まれ変わっている、と言われたため、それ以外の前世について占ってもらったところ、今度はポルトガル生まれのデジデリオという王族が町娘に産ませた私生児で、のちにフィレンツェに渡って彫刻家として活躍した人だと言われます。
その際に、清水さんはかなり事細かな情報を提示するので、ついに森下さんはその信憑性を調べてみようとイタリアとポルトガルに旅をします。本書はその旅行記でもあります。
その結果は読んでみてのお楽しみですが、一言で言えば信じられないような事実が次から次と明らかになり、そのような人物たちが実際に当時の欧州に存在していたことは状況証拠としては疑いようがないことになりました。
その中には、現地に行って関係者に会って初めてわかる類の事実もたくさんあり、ただ書物を調べただけでは知り得ない情報に溢れているのですから、これはフィクションではないかと何度も疑ってしまうほどでした。
とても偶然とは思えないのです。
ただ、そのような人物が存在していたことはほぼ確からしいことはわかっても、現在の森下さんと記憶を通した何らかのつながりがあるとまでは明らかになりませんでした。
しかし、これほどまで詳細な過去世の情報を変性意識下で掬い上げる清水さんという霊能者は果たして実在するのだろうか、という素朴な疑問はどうしても残ります。ところが、彼女の特殊能力は元々子供時代に人の体に白い光がまつわりついて見えることから始まったという箇所を読んで、あっと思いました。
これはいわゆるオーラと呼ばれる現象で、『アンドロメダ病原体』や『ER』『ジュラシックパーク』などで一世を風靡した大作家のマイクル・クライトンがその自伝的著書『インナー・トラヴェル』の中で詳しく述べていたからです。クライトン自身も訓練によりオーラを見ることができるようになったと記しています。
清水さんは、トップスターは真っ白な光に包まれていたし、黒い光がまとわりついている人は事故や病気で亡くなることに気がついたそうです。
クライトンも似たようなこと(体調とオーラの色調は関係がある)を書いています。
清水さんはそのうちに目の前にいる人の姿に何かの映像がかぶさって見えるようになり、それがその人の前世の姿らしいと気づくようになりました。
クライトンもオーラに伴って何かの姿が見えるという体験については記していますが、それは心の中の別人格のようなものだと考えていて、前世については慎重です。でもよく似ています。
ちなみに身長二メートルの巨人にしてIQ200の天才クライトンは、超常現象について次のように評価しています(要約)。自身の体験に基づく意見として貴重なものと思います。
1.いくつかの心霊現象は現実に存在する。
- テレパシー:心と心の間のコミュニケーション
- 透視:遠方からの知覚
- 予知:出来事が生じる前の知覚
- 念力:思考のみによって事物や出来事に影響を及ぼす力
2.手かざしなど人体と結び付けられた未だ理解されていないエネルギーが存在する。これらのエネルギーは手で触れたり目で見たりすることができ、治癒、病気、健康に関係がある。3.次のものは自分は信じない。空飛ぶ円盤、UFO、バミューダトライアングル、宇宙人、手相術、数占い、星占い、心霊手術、よみがえり、バイオリズム、ピラミッドパワー4.次のものについては判断を保留する。輪廻転生、前世、エンティティ(存在物)、ポルターガイスト、幽霊、雪男、ネス湖の怪物、水晶パワー
さて、森下さんの経験したことは、それが事実であるとして、一体何だったのだろうと思います。
霊能者の清水さんが取り出したいくつかの人名や単語やイメージから出発し、それらを書物の中に探しても一部しか判明せず、現地に旅行して初めて様々な発見や邂逅があり、それらを総合してデジデリオなる彫刻家が清水さんの描いたようにしてルネサンス期のイタリアに存在していたことは明らかとなったけれども、その人物と森下さんのつながりは清水さんの断言以外には存在しなかった・・・これで前世の存在が証明されたとはちょっと考えにくいと思います。
クライトンも輪廻転生や前世については判断を保留しています。
謎はむしろ深まったように見えますが、しかし、問題はそこではなくて、このような得体の知れない前世占いから、仕事を捨ててまでして実際にイタリア旅行を決心した森下さんの心の中ではないかと思いました。
彼女はこんなふうに記しています。
大人になるということは、夢みたいなことは夢みなくなることかも知れない。(中略)私もやがていつか、死ぬ時が来る。その時まで、常識の枠の中で自分を固く守り、日々、指の間から砂が抜け落ちていくように、冒険する心と機会を失っていくのだとしたら、人は一体何のために生きているのか・・・。
心に刺さりました。
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