熊になったわたし

『熊になったわたし-人類学者、シベリアで世界の狭間に生きる-』という変わったタイトルの本を読みました。

熊になったわたし???

著者はフランス人の女性人類学者ですが、フィールドワークとしてカムチャツカ半島で暮らす原住民のエヴェン(ツングース系モンゴロイド)と一緒に暮らしています。
ところが、半島中央部にある火山(クリュチェフスカヤ山、カーメン山)に探検に出かけたとき、そこにいるはずのないヒグマと遭遇し、顎を噛み砕かれるという悲劇に見舞われます。
彼女は気丈にも持っていたピッケルで熊と戦って撃退し、九死に一生を得ますが、顔面の治療のためにフランスに戻り、様々な体験をします。
(ロシアでの治療も酷かったが、フランスでのそれも負けず劣らず酷いものだったとか)

そんな過程で、彼女は事故の原因や自分の精神状態について考えを深めるうちに、自分と熊との境界が不分明になっていき、自分の中にクマが存在していることに否応なく気づきます。
傷が治り、この謎を解くべく、再びカムチャツカに戻り、エヴェンの人たちとこの事件の根底にある原始の昔から存在した人間と動物の交わり(アニミズム)について語り合うことで、夢を見ることの意味や自分が"クマに印をつけられた者"(ミエトゥカと呼ばれている)になったことを知ります。

その後、ソ連式の組織的なやり方で放牧しているトナカイを大量屠殺する現場に立ち会い、アニミズムに染まりシャーマン化した彼女は耐えられずにフランスに戻ることを決意します。
その混乱した感情はこんな表現として記されています。

“そのいっぽうで、少し前に書いたように、私が変容するためには、肉体と魂の手術を完成させて、私という開かれた世界を閉じる必要がある。肉体の傷口を縫合し、開かれた魂を閉じるのだ。肉体においても、魂においても、今すぐ境界を閉鎖しなければならない。すでに私の中にあるものは受け入れて、私の一部だと認める。だが、これからは、それがなんであれ、私の中に入ってくるものを認めない。そういうことだ”

変容し越境する意識や神話的世界観に触れることのできる一種の自伝ノンフィクション。
ヒグマはアイヌでもエヴェンでも、私の読んだ別の本に出てくるサーミでも、人間と同等かそれ以上の神性を備えた生き物とされています。
それを強く思い出させる不思議で強烈な読書体験でした。

これが事件のあった山。自然が豊かで圧倒されます。google mapより


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