一週間が経ちました
チャーちゃんが旅立ってからちょうど一週間が経ちました。
金曜日早朝に息を引き取り、日曜日に葬儀(ペットメモリアルパーク)を済ませ、今は骨壷に入ってテーブルの上に鎮座しています。
この間、私は文字通り生きた心地がしませんでした。
呼吸は浅く、目は焦点が定まらず、体表面から血の気が失せて冷たくなり、何もする気になれず一日ぼーっとして過ごしました。
この金曜の朝はチャーちゃんが亡くなった時刻まで起きていて、一人弔いをしました。
チャーちゃんは私にとってどこか特別な子でした。
トントン
私がアーロンチェアに座ってパソコンをいじっていたら、左肩を優しくトントンと叩かれたので振り向くと、チャーちゃんが片手を肘掛けに置き、伸び上がってもう一方の手で私を叩いていました。もともとガタイの大きな子でしたが、伸び上がると一メートルくらいになるのには驚きました。それにしても、あの優しい叩き方が忘れられません。
うん分かった
チャーちゃんは聞き分けのよい子でした。私がパソコンをしている時など、入口からこちらをのぞいて何か言いたそうにすることがよくありました。そんな時、「ごめん、今ちょっと手が離せないの」と言うと、「分かった」といった感じですぐ引き返して行きました。クーちゃんは決してそんなことはなく、こちらが折れるまでじっと圧をかけていますから、本当に対照的でした。
挨拶
私が外から帰ってきた時など、チャーちゃんと目が合うとこちらに飛んできました。頭を撫でてやると満足して戻っていくので、家内がまるでワンちゃんだねとよく笑っていました。こんな猫は珍しいと思います。
ガイジン
ガタイが大きく、手足がスラッと長く、小顔で、顔立ちも色素の薄い整った感じの子でした。近くで見ると、猫というより野生の動物といった印象があり、私はこの子はガイジンだといつも言ってました。
顔が好き
外を散歩させている時、小学生低学年らしい男の子が寄ってきて、「ボク、この子の顔が一番好き」と言ってくれました。常々私の感じていることだったので、とても嬉しかったです。
フンフン
チャーちゃんは何か匂いを嗅ぐ時、鼻を突き出してフンフンしました。それがとても可愛らしかったです。それも、ご近所の調理の匂いではなく、あたりの植物の匂いがお気に入りのようで、残っている野生を感じさせる仕草でした。彼は本当に自然が大好きでした。
大きくて温かい
体が弱ってきてからは、よくテーブルに上がって私の前に来て横たわることがあり、いつまでも撫でてやりました。そんな時、"チャーちゃんは大きくて温かいなあ、この温かさがチャーちゃんだなあ"と愛おしく思いました。今でもあの幸せな感じが忘れられません。
七つまでは神の子
「七つまでは神のうち」という言葉があるそうです。七歳くらいまでの童子は純粋無垢で、人間臭さが少なく、神性を感じさせる存在であることを意味しているそうですが、一つには、昔は乳幼児死亡率が高く、七歳くらいまでに死ぬと「お預かりしていた子を神様に返す」と言う意味も込められていたのだそうです。チャーちゃんは本当に純粋無垢で、神様からの預かり物でした。だから、現在の私の落ち込み様は、幼な子を亡くした時の昔の人の悲しみに通じるものがあると思っています。
一週間も経てば時薬が効いて悲しみも少しは和らぐかと思っていましたが、まだ当分晴れないみたいです。
体も動かさないので、どんどん体力がなくなってきていますが、それでも何かをする気になれません。そうする意味がないと思ってしまうのです。
意味のない世界で生きていくのは、想像以上に辛いものです。

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