『風の中のマリア』

百田尚樹『風の中のマリア』を読みました。
主人公がオオスズメバチ🐝で、舞台も昆虫の世界という設定にちょっとびっくり。
でも、あの百田氏のことだから、政治的な寓意に満ちた小説に違いないと思って読み進めましたが、一向に政治に向かわない(笑)。
それどころか、ゲノムの遺伝確率の話が図解入りで説明されていたりして、まるで昆虫学の解説書みたい。
最後まで虫の世界のお話でした。

主人公のマリアはハンターでもちろん名前通りのメスですが、働き蜂(ワーカー)は全てメスで、女王蜂も当然メスですから、つまりオオスズメバチの巣の中は「女の園」(笑)。
でも、少しも華やかなところはなくて、逆に巣の外は食うか食われるかの殺伐とした生存競争の世界で、最強の戦士マリアは出会う敵を次々と殺して肉団子にしてしまうという、なんとも残虐な行為を繰り返して日々を過ごしています。
働き蜂の寿命はわずか30日なのだそうで、この物語もその短い時間の流れの中で展開されていきます。
登場する昆虫たちは全て擬人化されていますが、もちろん実際にはそんなことはなく、ただの虫のはずです。しかし、読んでいるうちに彼らに感情移入していくのが小説の面白さと言えます。
特に、最後の用済みとなった女王蜂を殺害するシーンなど圧巻です。

一つのオオスズメバチの集団はここでは「帝国」と呼ばれていますが、マリアは時折帝国のために自分の身を犠牲にして省みない生き方に疑問を抱いたりするものの、最後は自分は帝国の誇り高い戦士だと思い直して戦いに復帰します。
もちろん実際にはこんなことは起きるはずがなく、ここには「個と全体」の矛盾に対する著者の価値観が表明されている、と言えなくもありません。
というのも、ハチやアリの社会は(作品中にも述べられていましたが)全体が一つの生物とも言える独特の構成原理で成り立っており、個々のワーカーはその生物体のパーツと見做されるからです。
右手を庇おうとして左手を出すとき、両方の手が自分を守るべきか相手を守るべきか葛藤することなどないのと同じです。

とはいえ、本当に個々のワーカーには「自己意識」などなく、全く機械のようにプログラム通りに動いているのか、真実は知る由もありません。
最近読んだ記事によると、アリはお互いに音声で通信しあっているそうです。
こんな具合に:

 キョキュキュキュ キュキュキュキュキュ
 ザザザ!ギギ、ギュンギュン!!

 キョキュキュキュ キュッキュキュキュキュキュ
 キュキュキュ キュキュキュ、ギョギョ!

何を言っているのかはわかりませんが、たしかに何か「会話」していそうです。
だとすると、個々の働きアリは単なるパーツではなく、思ったより独立した生命体としての色合いが濃いのかもしれません。
最強の戦士マリアも実際に存在しているのかもしれないと考えると、結構ヤバいです(笑)。

「弱肉強食」「個と全体」の他に、お花畑のニホンミツバチが外来種のセイヨウミツバチにやられてしまう話などが、深読みすれば、百田氏好みのエピソードと言えるでしょう。
楽しい読書体験でした。

コメント

leoncoco さんの投稿…
読後感を有難うございます。
百田氏自身もこの作品が一番好きと述べてました。
私自身単純なので「影法師」など胸を熱くしました。

最近の感動ものは「僕には鳥の言葉がわかる」鈴木俊貴著です。
彼は東大准教授動物言語学を開拓した人でシジュウカラの言語を解説してます。
動物には言葉がないという説を根本的に覆しました。
kenkouhoushi さんの投稿…
またまた興味深い本をご紹介いただき有難うございます。
機会があったら読んでみたいと思います。
本当はバンバン読破したいのですが、このところ白内障が進行したのか、視界がひどく濁るようになり、なかなか本が読めません。
そろそろ正念場かなぁとおもっています。

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