サスペンス小説

体を動かせず、一日家の中に閉じこもっていると、時間つぶしは寝るか本を読むしかありません。
しかし、難しい本を読むのはしんどいので、肩の凝らないエンタメ系ということになり、そうなればサスペンス小説ということになります。
幸い、本棚には多くの廃棄処分を免れたサスペンス小説が並んでおり、それらを手当たり次第に引っ張り出してはパラパラ読みしてきました。
そして、自分の中でのベストファイブは以下の作品ということになりました。
偶然ですが、全て海外小説です。

1.魔性の殺人:

ローレンス・サンダースの傑作。主人公がロッククライミングをするシーンから始まり、その主人公がコートに隠し持ったアイスハンマーで次々と殺人を行うという設定に度肝を抜かれました。私がロッククライミングを趣味としていたからで、日本の常識では登山家に悪人なし、だからです。
対するは頑固一徹の警察署長で、これがもう一人の主人公。少ない手がかりからじわじわと犯人のイメージを固めていくところが圧巻です。今で言うプロファイリングをするのですが、この作品の発表当時はそんな技術はありませんでした。
そこに犯人と異常な性愛を交わす女や死に瀕している署長の妻や犠牲者の未亡人などの女性が絡み、複雑な展開を経て最後の大追走劇となり、追い詰められた犯人は冒頭に出てくるロッククライミングの舞台「デビルスニードル」に登り、そこで天に召されていきます。
私はこの作品に惚れ込み、英文の原作 The 1st Deadly Sin を読み、小説の殺人現場であるニューヨークのその場所に出向いてブラウンストーン(褐色砂岩)の家や高級アパートメントなどを眺めてきたりしました。そのくらいのファンなのです。
本作品は単なるサスペンスではなく、文学作品としても優れていると思います。

2.垂直の戦場:

一気に読み切らずにはおけない、まさにページターナーとはこの作品のことを指すでしょう。圧倒的な筆力です。
平凡なエリート社員のデイブは、マンハッタンの高層ビルの上階にある会長室で親しくしていた会長本人にいきなり銃を突きつけられ、こうするしかないんだ、許してくれと言われます。出だしから心を奪われる展開ですが、会長を倒して逃げ出したデイブは今度は武装した特殊部隊出身と思われる一団に襲われ、ほうほうの体で逃げ出します。
その後、ビルの非常階段で熾烈な戦闘が行われるのですが、ここで明らかになったのはデイブも優秀な特殊部隊の兵士であり、ベトナムで過酷な体験をしてきた経歴の持ち主だということです。そして、ビル内にあるありふれた物品から驚くべき知識で様々な戦闘用の器具や爆弾を作り、襲いくる一団を次々と撃退し、ついにビル外に脱出し、なぜ自分が追われるのかその秘密を探り始めます。
最後は再びビルに戻り、待機中の武装集団との最終決戦に挑むのですが、ここまで読んでくると本作品がベトナム戦争の汚点を別の角度から取り上げたものであることに気づきます。
作者のジョー・ガーバーは61歳で心臓発作のため亡くなっていますが、写真を見るとさもありなんという体型をしています。しかし、非常に頭の良い人だったようで、彼の妻は彼がextremely intelligentで、猛烈な読書家で、何でも知っていて、皮肉なユーモアの持ち主だったと述べています。実際、文中の登場人物間で交わされる会話は非常に知的で、ユーモアとエスプリに満ちています。このような会話文を書ける日本の作家はいないと思います。彼自身も家庭環境も軍と深い関係があったようです。

3.ジャッカルの日:

昔読んだサスペンスで、当時も今も第一級です。フォーサイスの作品は、どれも虚実の入り混じったストーリーに特徴がありますが、それは彼の自伝『アウトサイダー』を読めばよくわかります。それだけの体験が裏打ちしているのです。
この作品も、実際に数多く存在していたらしいド・ゴール暗殺未遂事件に絡むもので、一匹狼の殺し屋ジャッカルとそれを追うルベル警部との追いつ追われつの知恵比べ、技術比べが読ませます。もはや古典と言っていいでしょう。
ただ、個人的にはジャッカルはまだまだ人間臭く、マシンのようなゴルゴ13と比べることはできません。
映画化されましたが、ジャッカル役の俳優はちょっとイメージが違いました。

4.氷雪の特命隊:

A.フラートンのSBSもので、秘密裏に国境を越えてフィンランドに侵攻してきたソ連軍を、たまたまガイドとしてそこにいたSBS出身の主人公が迎え撃つというワンマンアーミーものです。ロシアのウクライナ侵攻を経験した今読むと、格別のリアリティがあります。物語では、北極圏のラップランドに住むサーミを保護し独立させるという名目でソ連が侵攻してくるのですが、何とまあウクライナと似ていることかと苦笑いしてしまいました。原題のSpecial Dynamicsは、表面には見えないところでソ連の謀略がうごめいていることの表現です。
この本は、訳文がややぎこちない印象だったので、ロンドンの古本屋から原著を取り寄せて読んだ記憶があります。読んでみると、原文がわかりにくくて、訳者が苦労して訳したに違いないことがよくわかりました。訳がなければ私には歯が立たなかったと思います。

5.究極のライフル(ハイパーショット):

これはアイデア勝負の作品です。日本でも開発中のレールガンという武器があり、導電性を持たせた銃弾を2本の鉄製のレールに沿って電磁誘導で発射させるもので、船舶に搭載するなどが想定されています。その理由は、莫大な電力消費に見合った巨大なバッテリーを必要とするからです。弾丸の速度は毎秒数キロから10キロを越えるものまであり、通常のライフルの10倍以上という超超高速です。この新型兵器を携行可能な小銃にできたら・・・という発想で生み出された新型ライフルがこの小説の主人公であり、銃の開発者、スコープの開発者、銃器コンサルタント、ライバル会社、謎の女など多彩な人物が絡んで進行していきます。
同時に、この銃による殺人事件が連続して発生し、それを追う個性的なキャラの刑事などがミュンヘンのビール祭り「オクトーバーフェスト」を舞台に大活躍します。
複雑なストーリーを多彩な場面転換で飽きさせずに展開していく筆力は並大抵ではありませんが、作者のT.スコットは米軍勤務の兵器の専門家で、大学で「創作学」の修士号を取得していると聞けば納得です。
唯一の難点は、このような銃器はエネルギー保存則に反していることでしょう(笑)。


日本にも東野圭吾などの優れたエンタメ作家がいますが、海外ものの魅力は何と言っても軍隊(経験)が背景にあり、登場人物が皆大人である点が全く違います。
日本人(の登場人物)は幼稚に見えてしまうのです。

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