人は海辺で進化した
ヒトは一時期、水中生活をしていた、という話を聞いたことがあります。
一つの面白い仮説・・・程度に受け止めていましたが、そのオリジナルとされる本を読んで考えを改めました。
エレイン・モーガン『人は海辺で進化した』1998
ズバリ、素晴らしい本でした。
言われてみればそうだなぁ、という主張がてんこ盛りです。
例えば、ヒトと類人猿は同じ仲間とは思えないほど外見的に異なる、がそうです。
たしかにヒトと類人猿は共通の祖先から枝分かれしたと学校で習い、顔も目、鼻、口が同じようなレイアウトで、手が二本に脚が二本、指は五本と似ていると言えばよく似ていますが、一方、ヒトは肌に毛が生えておらず、体脂肪のせいで滑らかでふくよか(流線型)です。
見た目だけでも、かなり違うと言わざるを得ません。
それをそれほど違うと思わなかったのは、人は猿から進化したと繰り返し教えられた学校教育のせいだと思います。
しかし、これらの相違点全てはヒトが半分水中で生活していた時期があったと仮定すると、綺麗に説明できます。
さらに、類人猿で泳げる種族はヒトだけであり(それどころかドーバー海峡を泳いで渡ることもできる)、さらに生まれたてのヒトの赤ん坊は息を止めて平気で水中を泳いで移動できるそうです。
水辺で貝類を漁って暮らしていたことから、直立歩行に移行するのは姿勢的に極めて自然であり、両手で道具を扱えるようにもなり、また世界中で大昔の貝塚が見つかっているように貝を常食していたことも説明できます。
しかし、現世人類は陸上で生活し、肉も食べる雑食ですが、これはなぜでしょう。
また、毛皮を脱ぎ去るような大きな変化を遂げるのには何千万年もかかりそうな気がするのですが、たかだか数百万年の人類進化の歴史の中で、本当に起きたことなのでしょうか。
私がこの説(水生人類説、またはアクア説)を聞いた時に、一番大きな疑問がこの点でした。本書には、その回答が明確に述べられていて、私は完全に納得しました。
その説とは、
【謎】
- 毛皮をまとった類人猿と体毛を喪失した現世人類の中間の化石は見つかっていない
- ヒトに一番近い類人猿(ラマピテクス)と類人猿に一番近いヒト(アウストラロピテクス)の化石は500万年も離れている[ミッシングリンクの存在]
- 以前より劇的に進化した現世人類の化石は突然現れたように見える
【答】
- ラマピテクスが住んでいたアフリカの大地溝帯は、その頃大地殻変動に見舞われ、火山が激しく活動し陸が海に沈んだり隆起したりを繰り返した
- ダナキル地塁と呼ばれる地域が陸から切り離されて孤立した島になった
- 島に取り残されたラマピテクスは、食糧難からやむなく海辺で貝類を漁って食べるようになった
- 次第に体を水に沈めて漁をするようになり、直立するとともに毛皮を脱ぎ捨てた(クジラやイルカのような前例多数):一日の半分くらい水辺にいた?
- 貝の殻を割るために石を使い、その破片から石器を発想し道具を使い出した
- 直立したためすでに両手が自由であり、道具の使い方が洗練された
- 水辺の化石は一般論として残らない[ミッシングリンクの理由]
- 300万年ほどして地殻変動で再び陸につながり、海は干上がったためサバンナに進出してハンターとなり雑食化した
- 大地溝帯に沿って南下し、その化石(アウストラロピテクス)が新しい地層で見つかるようになった
- アウストラロピテクスの復元図は想像で描いているので毛が生えているが、実際は無毛のはず
進化のスピードについてですが、ガラパゴス島などの例を見ると、条件が許せばかなりのスピードで独自に進化が行われるようです。特に、この地域では乾燥化が進み、住処にしていた森林が消え、陸地が水没して海になり、頻繁に火山が爆発し溶岩が雨のように降り注ぐといった、尋常ならざる状況に直面したことで、進化のスピードが通常の何百倍にもなったと見られています。
そんな環境で300万年も孤立していれば十分でしょう。
久しぶりに知的興奮を味わうことができました。
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