『脳の中の水分子』

この猛暑にはノックダウンされました。
何もする気になれず、ひたすら暑さが過ぎるか、暑さに慣れるのを待つだけです。

今日は車を車検に出しました。
約二時間の工程で、この季節でなければ近くの遊歩道を散策するのですが、残念ながらそういうわけにも行かず、ひたすら喫茶室で本を読んで待っていただけでした。
車検は大きな問題もなく終了しました。

読んでいたのは

 中田力『脳の中の水分子』

この方はカリフォルニア大学脳神経科助教授・教授を歴任され、 MRIの開拓者の一人として有名らしいのですが、一読してその想像力に溢れた哲学的思索に驚嘆しました。しかし、調べてみたら2018年に亡くなられています(68歳)。私より四歳も若いのに。

本書は全身麻酔の機序に関するポーリングの遺された研究をなぞることから始まり、脳の形成に関する壮大な仮説を提示して終わっています。
教え子が追悼文の中でこう述べています。

先生が生涯をかけて追ってきたものが、脳における水動態の解析です。東大医学部の学生時代に「全身麻酔はなぜ意識を失わせるのか」という疑問を抱いた先生は図書館で出会ったライナス・ポーリングの論文にヒントを得て、脳組織中の水の動態が意識の創生に関わっているという仮設のもとに、研究を展開され、「人間の意識がある」という状態が、脳の水分子が示す現象と深く関係しているという仮説、Vortex Theory1),2)を導き出しました。

驚いたのは、全身麻酔のメカニズムはまだ分かっていないということです。

全身麻酔はキセノンなどの不活化ガスを患者に吸わせることで行いますが、なぜそれが効くのか不明なまま行われているんですね。
どの全身麻酔薬も効く理由が分かっていないそうです。
医学ってそういうものなのでしょうか。

理学系の頭からすれば我慢できないところですが、医者とか技術者はなぜ・どうしてにはあまり関心がないのかもしれません。

本書でも指摘されれていますが、麻酔薬は人体のどこかの受容体に働きかけてそれをブロックすることで効くと思っていましたが、不活化ガスですから何とも反応しないので、そういうことではないというのです。
それを全く別方向から解明したのがポーリングで、それは「水分子のクラスター」が原因だという説です。

水分子では酸素原子一個に水素原子2個が共有結合していますが、この時三角形の頂点に各原子が配置されていることから電気的に水素原子側が+、酸素原子側が-に帯電します。つまり水分子は小さな双極子であり、そのため水分子同士が結合してクラスターを作ることがあります。

もちろん電気的結合(水素結合)なので、共有結合よりは弱いのですが、それでも水の中にはこのようなクラスターが出来たり消えたりしているそうです。

水の結晶です。

そして、ポーリングによれば、不活化ガスはこの水の結晶化を安定させる効果があり、それが全身麻酔のメカニズムであると主張しました。
しかし、残念ながら医学界はこの考えを理解できず、いまだに水クラスター説は受け入れられていないそうです。

著者の中田さんはこの仮説に感動し、それを発展させて大脳形成のプリューム(渦)理論に発展させましたが、本書にはなぜ水クラスターが麻酔作用を発揮するのかについて説明がなく、車検を待つ間それらしい記述を探しながら少しイライラしていました。

昨夜、この問題を考えていて、多分こういうことなのかと思い当たりました。

脳のニューロンは電気的に信号を作り、伝達しています。
この時使われるのは電子ではなく(ナトリウムとカリウムの)イオンです。

イオンは水がないと出来ません。
それも、水分子自身が水素イオンと水酸化イオンに分離するから生じる現象です。
したがって、もし水分子が結晶化していれば、ナトリウムイオンやカリウムイオンができなくなり、ニューロンは動かなくなります。

つまり、脳が停止します。

それが全身麻酔となって現象するのではないか。

こういう解釈でいいのか、もう少し知りたいと思い、中田さんの別の著書を先ほど注文しました。

久しぶりに知的興奮を味わうことができ、楽しかったです。

余談ですが、この不活化ガスの働きは大気圧に大きく依存するそうで、例えばエアフォースワンの中には手術室があるそうですが、そこで行う全身麻酔は高度何メートルを飛んでいるかによって使用するガスの量が大きく変わるそうです。
私は飛行機に乗ると酒に酔いやすくなるし、天気が悪く気圧が下がると頭がぼんやりしますが(気象病)、ひょっとしたら、不活化ガスがなくても普段現れている水の結晶化現象が、気圧の低い時には顕著に現れるということではないかなと思いました。

(付記)

よく考えてみると、全身麻酔に関する私のこの考えでは、脳のニューロンの活動がほとんど全て停止してしまうので人は死んでしまいます。ダメですね。 

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