お茶の本で泣く
日吉東急の丸善に立ち寄った時、駐車料金を払うために何か買う必要があり、
森下典子『茶の湯の冒険』(文春文庫)
を買ってきて読みました。
この本は前から存在を知っていて、『日日是好日』の続編らしいとは思っていましたが、二度目のお茶の本を読む気分になれず、これまでそのままにしてきました。
しかし、良くみると映画『日日是好日』のメイキング本らしく、それはそれで面白そうだったので買い求めたのです。
感動しました。
深く深く。
発端は2002年に『日日是好日』を出版して15年後、吉村という映画プロデューサーからの映画化の申し出だったそうです。
映画化は
監督:大森立嗣(前衛舞踏家 麿赤兒の長男)
主演:樹木希林
共演:黒木華、多部未華子
という豪華版で、それだけでも話題をさらうのに十分な陣容ですが、さらに「現代のお茶」を初めて取り上げた映画なのだそうで、その内容が誤っていないかどうか、監督やプロデューサーがにわか仕込みでお茶を習い、森下さんがスタッフとして参加してカットごとにダメ出しをするなど、大変だったようです。
表千家などにも、公開前に映画の出来について見てもらったりしているんですね。
本書では、映画の制作過程について細かくレポートされていますが、映画作りとはこういうものなのかという発見や驚きに溢れていました。
一例を挙げると、茶道具や茶菓子については映画に映る/映らないに関わらず、茶道に関わるあらゆるものを(森下さんのお茶の先生などから)集め用意したそうです。その中には一個がン百万円もする茶器など、貴重な品々が多く含まれ、その管理だけでも大変だったそうです(全部無事に返却できたという記述を読んで私もホッとしました)。
また、短い期間に茶室と庭の四季にわたる映像を撮らなくてはならず、花屋さんはじめ多くの関係者が信じられないような努力を払い工夫をこらすシーンには圧倒されました。映画で見たあのマンサクが手作りだったとは!
本書を読み終わり、あらためて映画を観てみると、それぞれのシーンごとにあのような努力の結果が埋め込まれていることが思い出され、感慨ひとしおでした。
いつも映画のエンドロールをただ漫然と眺めているだけでしたが、あの延々と続く制作に関わった人々のリストは、ただのリストではないんだと、本当にあれだけ多くの人が汗を流しながら制作に携わったのだ、ということが本書を読んで実感できました。
ジーンときた箇所がありました(「父の伝言」)。
森下さんは原作に於ける主人公でもありますが、その父親は映画では鶴見辰吾が演じていました。
ある時、実家のセットに行ったら鶴見さんがいて招かれ、「昨日撮影したシーンは良かったですよ」と言われたそうです。
そのシーンとは、親戚の美智子(多部未華子)を交えた一家団欒の場面でした。
最初、彼女はただの挨拶だと聞き流したのですが、続けて「あの日、お父さんは幸せだったんじゃないかなぁ…」と言われます。森下さんの父は映画でも現実でもその団欒の後に急逝するのです。
鶴見さんは続けて「あれは人生のご褒美のような時間ですよ」と言い、自分たち役者はそういう何気ない日々の中にある幸せを表現するのが仕事なんだなぁと思ったと言って、「お父さんはすごく幸せでしたよ」と、まるで霊能者が亡くなった父親から聞いてきた伝言を言うように続けたのです。
それを聞いた瞬間、森下さんは涙を止めることができなかったそうです。
それからしばらくして、ラッシュ試写があり、それを見た森下さんはこの映画が自分の青春を回顧していることに気がつきます。自分の青春物語が大森監督の青春物語になったことを「旅に出たわが子の姿を見ているよう」と感じる森下さんですが、この辺りで私の目にも水が溜まってきました。
まさかお茶の映画を見て涙するなんて、と思いました。
この後は、樹木希林さんの最後について、そのたたずまいを森下さんのお茶の先生である武田先生の描写と重ねて語ることで、静かに終わります。
本物のお茶の凄さを感じる一冊でした。
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