トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』を読む
本屋に行ったら、トッドの『西洋の敗北』が山積みになっていました。
内容は大体想像がつきましたが、これを読む前に前著に目を通しておきたいと思い、『第三次世界大戦はもう始まっている』を読んでみました。
相変わらずのトッド節で、私の評価は70点と言うところです。
以下、内容を要約しておきます。
今度のロシアによるウクライナ侵攻の責任はアメリカとNATOにある。
よく対ナチス宥和に走ったミュンヘン会談に例えられるが、自分はキューバ危機に似ていると考える。
ミュンヘン会談(ヒトラーの横暴に英仏が目をつぶったことで、第二次世界大戦になった)のアナロジーだと、プーチン=ヒトラー、NATO=英仏となるが、キューバ危機(自国の勢力圏に核ミサイルを持ち込まれたことにアメリカが激怒した)のアナロジーだとプーチン=ケネディ、NATO=ソ連となります。悪いのはNATOだ、という意見。
そもそも約束を破ったのは西側だ。ソ連崩壊後の1990年に、アメリカなどは「NATOを一インチたりとも東方に拡大しない」とゴルビーに約束したが、その後1999年と2004年に違反し、さらに2008年にはジョージアとウクライナもNATO候補だと宣言、とうとう2018年にはウクライナでマイダン革命を起こして親ロ政権を転覆させた。ロシアが怒ってクリミア、ドンバスを併合したのは当然だ。アゾフ大隊はナチスだと言うのはその通り。
ここまで言うかと言うほどのロシアの主張是認! ただ、西側の口約束の軽さはいつものことで、ウクライナに核を放棄させたときも「俺たちが守ってやるから」と言って結局反故にしました。この無責任さを指摘されても反論はできないな。
ちなみに、トッドは真のNATO構成国は米、英、ポーランド、ウクライナ、スウェーデンだと述べています(あっと驚くタメゴロー!)。
ウクライナ侵攻はロシアだけでなくアメリカにとっても死活問題。なぜなら、アメリカは消費大国化していて、実物経済は世界各地からの供給に依存しているから。その意味でこの戦争はグローバル化しており、すでに第三次世界大戦は始まっている。
ここはレトリックですね。
今後の予測。
- ウクライナは完全崩壊するかもしれず、今後ウクライナ人に(仕掛けておいて逃げたアメリカに対する)反米感情が高まるかも。
- ロシアは西側の圧力に対しさらに暴力的になる。しかし、エストニアとラトビア以外のヨーロッパには侵攻しない。
- 反ロシアに固執するポーランドの動きは予測不能で要注意。
- 中国はロシア支援を続ける。
- (消費だけで生産できない)幻想の大国であるアメリカは没落していく。
ウクライナにおける反米感情の高まりについては同意です。バイデンは酷かった…
以上の論考の基礎になっているのは、もちろんトッドの「家族社会学」理論です。
そこでは、ロシアや中国のような家族共同体が支配的な国は、国家としてのまとまりが良く民主主義がそれなりに機能しているのに対し(「権威的民主主義」)、アメリカやイギリスのような核家族社会は富裕層と知識層による「リベラル寡頭制」だと位置付けられます。印象としては、トッドは核家族社会をあまり評価していない風で、それが彼が核家族社会のウクライナをかつて国家として存在したことのない「破綻国家」と見なす背景にあるようです。だから侵略されてもいいの?トッドさん…
本書の別の箇所で、トッドはアメリカとロシア(ソ連)の相互関連性を議論していますが、これは私の持論とも重なり、大変面白かったです。
要するに、自由主義陣営と共産主義陣営の戦いで疲弊したのはソ連(ロシア)だけでなく、アメリカもそうだったと言うことです。お互いを意識して、(権威的で平等な社会の)ソ連はアメリカの向こうを張って無理筋の成長路線を走り、(自由で非平等な)アメリカはソ連に対抗して平等を組み込み福祉国家的色彩を取り入れたが、どちらも無理がたたって破綻した、と言うのです。
当初、アメリカにおける平等とは「黒人を除く」白人の世界での平等と言う人種主義由来のもので、それだけなら良かったのが、さらに黒人にも平等が求められるに至り、「アメリカのシステムの理論的限界」を超えてしまったと言うのです。これが新自由主義という「非平等への衝動」を生み出した、と述べられていて共感しました。
そのおかげで、国内産業は疲弊し、労働者階級は低落し、社会保障制度も機能せず、さらに現在のアメリカの乳幼児死亡率はロシア以下となり、自殺や麻薬やアルコールのせいで平均寿命も低落していて、まさに破綻しつつあります。
トッドによると、かつての「白人の平等」は新自由主義による所得格差(非平等)と高等教育の普及によるエリート主義により破壊され、彼らが支持する共和党は力を失いました。一方、台頭する黒人と富裕層と教育エリートは民主党を押し上げ、アメリカの政治を金権政治に変え、まさに「リベラル寡頭制」の国に堕しています。
トランプが救世主として登場する理由がよくわかります。
こんな世界情勢の中、日本はこのままで良いはずがありません。
私たちは、トッドの「東アジアも遠からず戦場になる。アメリカは日本を守ってはくれない。日本は独自に核武装し、江戸時代のようにパワーゲームの埒外に身を置くよう」という忠告を今こそ真剣に考えるべきだと思います。
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