吉本隆明の老い語り

吉本隆明の『生涯現役』と言う本を再読しました。
帯には"吉本流「老いの処方箋」の決定版!"とあります。

十数年前に初めて読んだ時には、吉本も耄碌したなあ、つまんねえことばかり書きやがって、と思いました。ただ一つ、自分の耄碌さ加減を包み隠さず全てさらけ出しているところに思想家としての矜持を感じました。そこは大したものだと思った記憶があります。

今度読み返してみて、私が歳をとって高齢者の実感というものを肌で感じることができるようになり、吉本さんの述べていることのいくつかをその実感の裏付けを持って理解できたことが新しい発見と言えば言えると思います。
彼は嘘偽りなく全てを語っているということがわかりました。

たとえば、医者(などの医療従事者)は現役ばかりだから、リタイアした老人の気持ちなどわかるわけがないし、わかろうとしない。そんな奴の言うことなど、適当に聞き流しておけば良いなどと言う指摘です。
彼の目撃したところによると、施設に入れられた高名な知識人に対し、枕をわざと手の届かないところに置き、それを(体を動かして)取るように言い、彼が返事はするものの一向に動こうとしないのを見て医者がこの人はボケていると判断していたそうです。しかし、吉本さんに言わせれば、そんな人を馬鹿にしたような命令などせず、頑張って運動すればもっと体が動くようになり、毎日が楽しく過ごせるようになりますよ、とかなんとか、言い方があるだろう、となります。
私も同感です。この元?知識人はこんな命令に従うことを馬鹿らしいと思っているに違いないわけで、頭の良い人にはそれなりの言い方があると思うのです。

老人がこのように低く見られているのは、もちろん体が不自由になっているからですが、その時、精神の世界ではそれとは比較にならない高度な思考が行われている場合も多く、老人にはそのようなギャップがあり得ることを関係者は知るべきだと述べていました。

では、体が不自由になるのを避ける方法について、吉本さんは何と言っているか。
要約すればこうなります。

  • 人間も「自然」の一部だから、歳を取れば「自然」に衰えていき、これを避けることはできない
  • しかし、ケガとか何かの事情で一気にガクンと体力が落ちることがあり、これはなるまでは想像もできないくらい突然に起きる
  • 体を撫でたりさすったり動かしたりすれば「自然」に衰えるが、それをサボれば「自然」より早く衰えすぐ寝たきりになってしまう
  • 運動で若返ると言うことはないが、「自然」に老いていくためには運動は不可欠

その他、本書(とその類書である『老いの超え方』)には、性の問題、下の問題、白内障、死についてなど多くの老人関連テーマについての彼の率直な意見が聞き書きの形で記されています。

私の評価と感想です。

1.老化は自然現象なので避けられないが、何もしないでいると驚くほど早く寝たきりになるので継続的に体を動かすべきだと言う主張は間違ってはいないが、そのレベルが低すぎるように思う。テニスやマラソンではなく軽めの運動(散歩?)が良いと述べているが、ご本人は本書執筆時点(82歳)で150m散歩するのが精一杯と言っているではないか(しかもその奇怪な姿に出会った子供が怯えるらしい)。お風呂も一人では満足に入れないようだし、運動の内容については吟味が必要。

2.あけすけに彼の日常生活の困難について述べていて、これから先の自分に訪れるであろう衰えの具体的な姿が見えるのは掛け値無しにありがたい。これまでこれほど生々しく自分の恥を晒してくれた人はなかったと思う。感謝したい。

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