読書記録『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』

いつだったか、遊歩道をノルディックウォーキングしていたら、後ろから奇声を上げながら猛スピードで接近してきた自転車がありました。私の横を通過する時よくみたら、二人乗りで後ろの男がスマホで動画を撮っていました。
YouTubeに上げる気だな、と思いました。

今の子達に将来何になりたいかと聞くと、第一位はユーチューバーなのだそうです。
気軽に動画が撮れる時代になり、それを多くの人が閲覧できる場ができたので、そこにアップして見てもらいたいと考えるのは自然なことですが、ユーチューバーは広告収入を目当てにして動画を撮影するのでそんな単純な話ではありません。
いかにして人目を惹き、広告収入を上げるかが関心事で、そのためには気をてらった盛り上げやヤラセ、トリック、さらにはでっち上げなど違法行為まがいの過剰な演出が横行していると言われています。
エベレストに登山をする自分自身を撮影しリアルタイムでネットに流すスタイルで話題になった栗城史多(くりき のぶかず)も、そんな彼らと通底するメンタリティの持ち主ではないかと疑っていた私は、この本を読んでそれが当たっていたことを知りました。

著者の河野啓氏は北海道テレビの社員として北海道出身の「登山家」栗城史多を数多く取材し、その経験をもとに彼が遭難死した後に追悼として本書を書き上げた人ですが、事実をよく整理し、書きにくい事柄も手を抜かずに書き、栗城の人となりについてできるだけ冷静・公平に扱おうとしたらしいことはよく伝わってきました。
にもかかわらず、どうしても厳しい筆致とならざるを得なかったのは、それだけ栗城という人間が箸にも棒にもかからないYouTuberメンタリティの持ち主だったからでしょう。

栗城の生い立ちに触れた箇所で、彼が将来はお笑い芸人として身を立てたいと言っていた、と言う記述を読んで、それが全ての原点ではないだろうかと思いました。
お笑い芸人のメンタリティもYouTuberのメンタリティも、私から見れば同じようなものです。一歩間違えば詐欺師にもなりうる危うい思想の持ち主が、事もあろうにエベレスト登山に挑戦した・・・あり得ない話ですが、エベレストを舞台にお笑いで人気とカネを得ようとした詐欺師の顛末と思えば、この不可解な遭難事件も理解できなくはありません。
事実、彼はエベレストのベースキャンプで流しそうめんを食べる企画を考え出し、ギネスに申請したが(多分ふざけるなと)却下されたそうです。

栗城は何度も挑戦しては全て失敗し下山していますが、驚くのは一度たりともサウスコル(標高7,900m)に到達していません。
どの隊もあそこに最終キャンプを設営し、翌日地上の三分の一しか酸素がないデスゾーンを1,000mよじ登って登頂するのが当たり前です。エベレストを狙うまともな登山家なら誰でも到達できるサウスコルにすら登れなかったのは、彼がいかに体力的・技術的に劣っていたか、エベレストに挑む資格がなかったかを示していると思うのですが、彼を応援していたスポンサーはその点を指摘せず、何度も懲りずに栗城の「夢」を応援し続けてきました。
それは彼らもまたお笑いの世界に住むテレビ人間であり、登山の何たるかを知らない連中だったからでしょう。

栗城のエベレスト挑戦は8回も続きましたが、回を重ねるごとに難しいルートから登るようになりました。本書によれば、これも同じルートで何度も失敗していては力がないことがバレてしまうので、それをカモフラージュするためだったようです。
また、無酸素・単独での挑戦を掲げてクラファンなどでお金を集めていましたが、実際にはテントの中ではこっそり酸素を吸い、大勢のシェルパを雇っての登山隊形式による登山だったのだそうで、こうなるとまさに詐欺師です。
さらに、何回目かの挑戦時に指を凍傷で切断していますが、それも自作自演の疑いもあるとのこと。多分そうなのでしょう。(切断は想定外だったようですが)
そして、いつまでもウソをつき続けられなくなり、最後の8回目は誰も登頂できないような超難ルートから登ると言って出かけ、遭難してしまいます。
これは追い詰められた結果の偽装自殺だろうと書かれていましたが、私もそう思います。

こうして書いていてうんざりしますが、そもそも登山は身体行為であり、その苦しさを通して自己の内面と対話することに大きな価値があると思います。それは一度でも本格的な登山をしたことのある人にとっては自明のはずです。それがわからない人、それを嫌う人は、いくら山歩きをしたとしても単なるハイカーです。
山を、特にエベレストのようなデスゾーンを自分を引き立てる脇役のように扱うYouTuberほど登山の精神と無縁な存在はなく、栗城は結局はそのような自分に裏切られ、多くの人に迷惑をかけつつ命を落としたわけです。
SNSは「バカ発見器」と言われますが、本当にそう思います。

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