『人はどう老いるのか』
久坂部 羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を読みました。
彼の本は、『寿命が尽きる2年前』『人はどう死ぬのか』に続く三冊目ですが、今回のは特に前半のデイケアサービスでの体験談がとても面白かったです。
私の両親も義母も介護施設のお世話になりましたが、その現場がどんな様子か、スタッフ医師の目線で描かれていて、良くも悪くも目を開かれる思いで読みました。
思いつくまま記すと、まずデイサービスの世話になるお年寄りは例外なく「なんでこんなことになったのか」「こうなるとは思わなかった」と口々に言うそうです。
加齢と共に自己管理がおろそかになった結果ですが、それを知らなかったという意外性に誰もが打ちのめされているようでした。
著者によれば、こんなごく当たり前のことに驚き悩むのは心の準備不足だそうですが、皆不意打ちを食らったように面食らっていたのが印象的でした。「いつまでも若々しく」「最後まで自分らしく」などの美辞麗句に惑わされた結果だと、メディアに対し手厳しい評価です。
人間模様も興味深く、かくしゃくとした人、ユーモアのある人、ダンディな人、意地悪な人、何でも感謝する人など、実に多様ですが、やはり性格が悪く手のかかる人には困り果てたようで、一人そういう人がいるだけで周りは振り回され、大変であるのはよくわかります。私の居住するマンションでも、ごく少数の自己主張の強い癖のある人のせいで理事会の活動がたびたびストップすることがありましたが、狭い空間にそういう人がいるだけでもう大変です。
そして、当然ですが、認知症の人は存在自体が災厄です。
ちょっと目を離すと、ティッシュを食べる、カバンに痰を吐く、便器で手を洗う、紙おむつをちぎってばら撒く、食べているものを突然吐き出す、徘徊していつの間にか施設外に脱出する…読んでいるだけで目がくらくらする思いがします。
中には、自宅で炊きたてのご飯の上にオシッコしたり、朝起きてみたらスリッパの上にウンコが載せてあったりする人もいるそうです。
排泄は実に悩ましい問題で、まず高齢者の便は異様に臭いのだそうです。
私は、これは運動不足からくる消化能力の低下が原因だと思うのですが、それを入浴中に湯船の中に出したりするので、その度に窓を開けて大掃除をし、湯を張り替えなくてはなりません。
また、便を手でこね回したり、ポケットにしまい込んだり、いわゆるろう便問題が深刻なのだそうです。読んでいて嫌になりますが、大便だけでなく小便も深刻で、出そうになったら待ったなしで所構わず漏らしてしまうのは、私の経験(もちろん未遂(笑))からもよくわかります。尿意切迫の問題は紙パンツの着用で対処するとして、夜のおむつは絶対嫌だ、そこまでするなら生きていたくないと憤然と拒否する人が多いそうです。
認知症かどうかの判定は、いわゆる長谷川式スケールで行いますが、これが全然当てにならないことを本書で初めて知りました。まだまだなんですね…
認知症はその種類ごとに症状の出方が異なるそうです。
- アルツハイマー型:物忘れや見当識障害
- レビー小体型:幻視や妄想、パーキンソン病的運動障害
- 前頭葉型:自発性の低下、大声を出したりものを壊す
- 脳血管性型:物忘れ、判断力の低下、感情失禁
そして、いつもニコニコしている「多幸型」とイライラして暴力を振るう「不機嫌型」があり、何かあるとすぐ激怒する不機嫌型の例が詳しく紹介されていましたが、読み進むほどにうんざりしました。こう言う人は家族にも愛想を尽かされ、施設に来る時にも髪をとかさず、フケを浮かせ、目ヤニをこびりつかせていかにも家族が構ってくれないのが丸わかりの状態だったそうです。"威張って怒鳴ってわがままを通してきた男の末路"と評されていましたが、こんな人でも受け入れなくてはならない施設のスタッフさんには同情しかありません。
不機嫌型も困りますが、意地悪型も困ります。
アルツハイマー型で多幸型の81歳の女性Fさんをいじめるシーンが紹介されていました。
「なんぞ物言うてみ」「あーて言うてみ」
Fさんが答えずにいると、「アカンわ」「わからへんのや」と蔑み、次に「ほんなら口、開けてみ」と命じます。Fさんがバカにするなというような顔で、パカッと口を開けると、「口は開けられるらしいで」「ほんならハイて言うてみ」と、さらにいたぶります。
こんな人たちに囲まれていたら、本当に地獄です。
その他、年寄りは自分が他人より高齢であることでマウントをとりたがるという話や、楽に死ぬことを願うあまり、人に意地悪するのに「あんたなんかまだまだ死ねん」と言ったりする話など、面白い話が満載で一気読みしてしまいました。
本書の後半は『人はどう死ぬのか』の焼き直しで、老化に逆らわず受け入れよ、病院には行くなといった著者の主張がここでも繰り返されていますが、一つ気になったのは老化に抵抗する生き方に対する批判です。
立命館アジア太平洋大学の学長の出口治明氏が、72歳の時に脳出血で倒れ、その後驚異的なリハビリで言語機能を完全復活させた事例を取り上げ、「完全に兜を脱いだ」と脱帽しているものの、これは誰にでもできることではない、うまくいかなかった時の悔しさや不愉快を考えると自分なら初めから現実を受け入れる、と消極的でした。
それだけ老化に逆らうのは大変と言うことでしょうが、私にはいささか腰が引けすぎているような印象でした。
ともあれ、一読の価値ある一冊でした。お薦めします。
コメント