『人新生の「資本論」』読了 (kenkouhoushiさん)

難しい内容でしたが、著者の斉藤幸平さんのシャープな論理構成で最後まで飽きることなく読み切ることができました。
現在2回目の読書中ですが、小室直樹さんは「本は100回読め」と言っていたそうで、良い本は何度も読んで腹の底から納得することが大事だそうです。
この本はそれだけの価値があると感じています。

読み切るにはそれなりの覚悟が要ります。
その助けになればと、私の理解した範囲で概要を記してみます。

第一章:気候変動(温暖化、スーパー台風、ハリケーン、巨大山火事など)により従来型の経済がとうとう引き返せない地点まで来てしまったことと、これまではそれ(従来型の経済)が不都合を「外部化」し「不可視化」することでやってこれたが、もうできないことを述べている。
第二章:気候変動に対処しながら従来型の経済(資本主義)を延命させようとする様々な取り組みについて、その欺瞞性と矛盾を鋭く指摘し「脱成長」以外に解はないことを説いている。
第三章:資本主義では脱成長は不可能であることを論証し、4つの未来の選択肢について俯瞰している。そして日本以外の世界ではミレニアル世代やZ世代が社会主義を肯定し始めていることを指摘している。
第四章:晩年のマルクスは「共産党宣言」当時の思想から大転回し、「コモン」の持つ豊穣性と持続可能性を取り戻すエコロジー思想家として脱成長を目指すようになっていたことを紹介し、それを新しい人新生の「資本論」として完成させなくてはならないと決意表明している。
第五章:経済成長を加速し技術開発を加速すれば、環境問題などは全て解決され新しい「豪奢なコミュニズム」が実現するという「左派加速主義」を徹底的に批判する。特に「開放的技術」と「閉鎖的技術」の議論は新鮮である。
第六章:マルクスの「使用価値」と「市場価値」概念を駆使してコモン(ズ)の「潤沢さ」を「希少性」に転じることで成り立つ資本主義を、その発生の時点から人々の生活をより貧しくすることによって成長してきたと弾劾する。そして、コモン(ズ)の潤沢さを取り戻すコモン-イズム(脱成長コミュニズム)の必要性を具体的に述べている。
第七章:エコなライフスタイル(消費)を追求するだけでは問題は解決せず、労働と生産の民主的変革が必要不可欠であることを述べ、①使用価値に重きを置く経済への転換 ②中身を吟味した上での労働時間の短縮 ③労働を魅力的にし画一的な分業を廃止 ④生産過程の民主化 ⑤ケア労働などの使用価値の高いエッセンシャルワークの重視 により脱成長を実現することを説く。
第八章:脱成長コミュニズムの萌芽を紹介する。バルセロナ発の「フィアレス・シティ」など。

著者の斉藤幸平さんは、1987年生まれで、東大(私と同じ理科二類)を半年でやめてアメリカに渡り、ウェズリアン大学を卒業後今度はドイツに渡り、ベルリンのフンボルト大学大学院で学んだ俊才ですが、驚くのはドイツ語の卒論の英訳が権威あるドイッチャー賞を最年少(31歳)で受賞したことで、破格の才能と思います。

本書は新書ですが、内容は相当難しく、覚悟して読まれた方が良いと思います。
私は幸いこの分野に慣れているので、あまり苦労せずに読めましたが、アマゾンの書評やYouTubeなどの解説を見ているとひどいものですね。
明らかに読んでいない人が、偏見むき出しで自分のお粗末な意見を長々と開陳しているものが多く、呆れました。

本書は、最新のマルクス研究プロジェクトMEGAのメンバーである斉藤さんが、晩年のマルクスの手書き原稿など未発表の資料を読破したのちに書かれたものですが、わずか33歳でよくもこんな本を書けたものだと驚きました。

主張についてはほとんど異論はありませんが、最後の第八章で紹介されている脱成長コミュニズムへの取り組みだけでは、いささか心許ない印象でした。
気候変動のポイント・オブ・ノーリターンは2030年だそうですから、もう時間がありませんが、著者の言うような動きが本当に形となって動き出すのか、それともtipping pointを過ぎてしまい破局が始まるのか、自分の残り時間以上に気になるところです。

ちなみに、「人新生」という地質学用語は、今年にも正式名称として認められる動きだそうです。

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