2000年代の歴代首相のなかで「再び首相になってほしい人」は?
という調査があったそうです。
結果は
1位:小泉純一郎(30%)2位:安倍晋三(11.3%)3位:菅直人(9.3%)
だそうですが、3位に菅直人が入っていたのにオヤと思いました。自民サポータには何かと目の敵にされる存在ですが、安倍元首相と比べても2ポイントしか違いません。
国民は案外見るところを見ているんだなと感心しました。
菅直人のどこが評価されているのか。
私の考えでは
首都圏の私たちが今ここにこうして住んでいられるのは菅直人のおかげ
という点に尽きます。
彼があの有名な東電幹部に対する「恫喝」をしてくれなければ、東電は事故現場から総員撤退を決め込んでいたはずで、そうすれば第一原発も、やがては第二原発も全ユニットが放射能地獄になり、首都圏をはじめ東日本全域は人が住めなくなっていたでしょう。
忘れている人も多いでしょうから、その時(2011.3.15)の菅直人の発言録を紹介しておきます(棒線は私)。
これは2号機だけの話ではない。2号機を放棄すれば、1号機、3号機、4号機から6号機。さらに福島第二のサイト、これらはどうなってしまうのか。これらを放棄した場合、何ヶ月後かにはすべての原発、核廃棄物が崩壊して、放射能を発することになる。チェルノブイリの2~3倍のものが十基、二十基と合わさる。東日本は終わりだ。何としても、命懸けでこの状況を押さえ込まない限りは、撤退して黙って見過ごすことはできない。自国の原発事故を放棄したら国として成り立たない。そんな国は他国に侵略される。皆さんが当事者です。命を懸けて下さい。逃げても逃げ切れない。情報伝達が遅いし、不正確だ。しかも間違っている。皆さん、萎縮しないでくれ。必要な情報を上げてくれ。目の前のこととともに、五時間先、十時間先、一日先、一週間先を読み行動することが大事だ。金がいくらかかっても構わない。東電がやるしかない。日本がつぶれるかもしれない時に、撤退はあり得ない。会長、社長も覚悟を決めてくれ。六十歳以上は全員現地に行く覚悟でやってくれ。俺も行く。撤退はあり得ない。撤退したら東電は必ずつぶれる。東電がやるしかないんだ。
見事なリーダーシップであると思います。
これに対し、今ネットなどでは、福島第一を爆発させたのは菅直人だ、彼が自己顕示欲から混乱を極めている現地にヘリで飛来してきたため、その対応に追われてベントが遅れ爆発を招いた、という主張がまことしやかに流れています。
そして、安倍元首相の"悪夢の民主党政権"というキャッチフレーズの連呼に押されるようにして、この嘘が大手を振ってまかり通っています。
真実は、例えばこの番組(NHKスペシャル2011.12.27放映)などを見ればわかります。
内容を時系列的に追っていくと、
【3月11日】
14:46 地震発生+津波到来
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原発破損
↓
冷却水不足、燃料棒露出
↓
圧力容器内の圧力上昇
23:50 一号機内圧が6気圧に達するが、電源が落ちているためベント操作ができない(人手による操作は考えてもいない)
【3月12日】
7:30 菅直人がヘリで現地に飛来し、東電武藤副社長や吉田所長と面談
その時の様子がこちらです。
↓
東電は人手によるベントを了承し「決死隊」を編成するも、暗闇で瓦礫の散乱する中、やり方がわからず準備に手間取り、目標の9:00を過ぎても行われず
↓
14:30 一号機内圧が8気圧に達する
↓
ベント成功
↓
15:36 一号機水素爆発
以上見た通り、東電は何としてでもベントするという気持ちがなく、菅直人に怒鳴られて仕方なく「決死隊」を編成したわけで、決してベントを邪魔されてそれがために一号機の水素爆発が起きたわけではありません。
福島第一を爆発させたのは菅直人だ、というのは悪質なデマであり、このことは後に行われた裁判でも認められています。
では、ベントが成功した直後に爆発が起きたのは何故か。
その理由については、上記NHKスペシャルの番組中で検証されています。
要約すると、福島原発のベント配管がコスト重視・安全性無視であり得ないような愚劣な施工になっていたため、です。
スイスの技術者から「信じられない」と嘲笑されている代物でした。
これはもちろん、菅直人や民主党政権のせいではなく、自民党政権時代のことです。
その後、他の号機も次々と爆発していくわけで、東電はもはや総員撤退しかないと考えだします。そこで、たまりかねた菅直人が東電に乗り込んで冒頭にご紹介した「恫喝」を行なったわけです。
これが奏功し、今私たちがこうして首都圏で暮らしていられるわけで、もし東電が総員退去していたら間違いなく関東平野も東北地方も人が住むことは叶わなかったでしょう。
そうそう、忘れてはならないのは、中部電力の浜岡原発を強制的に運転中止とさせたことも彼の偉大な功績だと思います。
私らはこのおかげで日々安眠を貪ることができています。
万一あそこがやられたら、文字通り首都圏は直撃ですから。
乱暴なやり方を実際にやって見せるのが、彼の強みと思います。
それにしても、菅直人はなぜあれほど性急に現地を訪れたのでしょうか。スリーマイルのときには、カーター大統領は事故から四日後に現地に到着しています。
この謎を解く発言が、最近になってアメリカの「福島対策チーム」のリーダーからありました(記憶で書いています)。
彼によれば、現場、東電本社、原子力安全保安院と幾重にも並んだフィルターに遮られて官邸には状況が全く伝わっていなかったから、だそうです。
何を聞いてもわからない。
それもそのはず、保安院はデタラメと揶揄された斑目(マダラメ)院長率いる東電寄りの組織であり、アメリカの原子力委員会とはおよそかけ離れた無能集団です。
原子力事故の恐ろしさをよく知る菅直人が不安に駆られ焦ったのも当然だったでしょう。
菅直人は確かにイラ菅と呼ばれるほど切れやすく、補佐官などからも諫める発言が聞かれています。
また、愛人問題、違法献金問題、「未納三兄弟」発言など、様々な問題を抱えた首相であり、自分の手柄を追求するのには熱心だったかもしれませんが、あまり人望・人徳がない政治家だったと思われます。
しかし、危機の時にあたり捨て身で行動する実行力は、日本の政治ムラの中では例外的であり、この事例では(私は)それが大いに生きたと思うのです。
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