トランプ敗北とトッドの考え

テキサスの訴訟が最高裁に却下され、トランプはいよいよダメみたいですね。
"人間としては最低だが、それでも自分はトランプが大統領に選ばれるべきだと思う"と述べたエマニュエル・トッドの期待も空振りに終わりそうです。

トッドは誰もがヒラリーだと思っていた前回選挙で、民主主義ならトランプが選ばれるはずだと予言し、的中させましたから、あるいは今度もと思いましたが、やはりコロナの影響は大だったということでしょう。

ところで文春の有料記事を読んだ人が書いていましたが、トッドがトランプを推していたのは人々が「グローバリゼーション・ファティーグ(グローバル化による疲れ)」に襲われているからなのだそうです。
行き過ぎた自由貿易と労働力としての移民の増加が白人労働者を追い詰めている現状に対し、トランプが自由貿易に対しては保護貿易を、移民に対しては制限を、不法移民に対しては国境に壁を作ることで対処しようとしている姿勢が支持されるのは当然だという意味ですが、では日本も同じはずなのになぜ新自由主義をとり、移民を大量に増やそうとしている自民党が支持されているのでしょう。
少なくとも、もっと強い批判があって然るべきではないでしょうか。

これに対する答えも、トッドの考えの中にあると思います。

彼の理論によると、アメリカやイギリス、つまりアングロサクソン民族は「核家族」文化であり、夫婦二人が家族の基本形態です。そして子供は早くから自立することを求められ、成人したら家から出ていくのが当たり前なのだそうです。そう言えば、アメリカでは裕福な家の子供でも、若い頃から新聞配達などして収入を得ていますね。それが美徳とされています。

こういう「核家族」文化では子供に教育投資をあまりしないので、はっきり言えば所得の低い層の子は低学歴で、社会に出ても低収入であり、その負の連鎖が彼らを(教育熱心な文化を持つ)移民層との戦いに敗れるまでに追い詰めているのだそうです。
単にグローバル化で仕事を失うだけでなく(中国憎し)、移民にも仕事を奪われている(移民憎し)ことがトランプ支持の背景にあるということです。
ここで移民というのは主にヒスパニックのことです。

一方、日本は「直系家族」文化であり、「家」の存続が第一義で、家長である父親の権威が強いという特徴があります。そして「家」を継ぐのは長子であり、少なくとも長子に対する教育は十分に行われてきました。
教育熱心なのがこの文化の特徴なのだそうです。

だから日本では、移民労働力が増えても教育面で彼らに見劣りすることはなく、アメリカのように簡単に負けることはありません。だから移民が増えても日本人はそれほど脅威と感じていないのでしょう。(ついでに、後継である長男の嫁も家庭内では強い立場にあるそうです。)

しかし、ことグローバル化に対しては、鈍感な日本人もそろそろまずいと感じ始めているようで、口先だけの「物づくり」賛美の陰で製造業を疲弊させ、インバウンド観光にしか道がないかのように振る舞う自民党の政策に(コロナを機会に)物言いがつき始めています。

私は、若い人が地道に汗を流す仕事につくのを嫌い、何かというとアイドルやユーチューバーといった華やかで見栄えのする仕事を好み、嫌なことがあるとぷいと職を捨て自分探しの旅に出るような傾向は教育の失敗であり、せっかくの教育投資が生きていないと考えます。
トッドに見えていない日本の現実は、残念という他なく、アメリカの白人のワーキングプアと同様、3K仕事を厭わない移民に敗れていくのは時間の問題ではないかと危惧しています。

ちなみに、今、人口減少が問題となっていますが、これに対するトッドの見方は明快です。
彼によると、人類はもともとたくさん産んでたくさん亡くなる多産多死型の社会を営んできたのですが、近代になって少産小子型社会に転換し始めました。
この時、最初はまず(栄養が良くなり、医学が進歩したため)乳児死亡率が低下して「少死化」が実現し、遅れて出生率が低下するのだそうです。
この二つの間の時期は、当然ながら人口は増加します。
現代は、まだこの段階です。

続いて起こる(起こりつつある)出生率の低下は、何が原因になって起こるのか。

これまで、それは経済が豊かになったら起こる(テイクオフする)と言われてきましたが、トッドはこれに真っ向から反論し、出生率の低下は(特に女性の)識字率(=就学率)の向上によって起こること、それは各民族の家族のあり方に大きく依存することを明らかにしました。

この議論はまだまだ先があるのですが、ひとまず少子化の問題について結論すると、これは人類社会の趨勢であり反転させることはできないそうです。
どの国も、遅かれ早かれ少産小子型社会に移行していくので、無駄な足掻きはやめて早くこの新しい社会システムに移行した方が良いということのようです。

日本と同じ「直系家族」文化の国ドイツでは、労働力不足をトルコや最近ではシリアなどから移民を受け入れることでカバーしていますが、彼らはドイツ国民として統合されることなく移民コミュニティを形成し、不満を抱えながら第一国民(ドイツ人)に対する第二国民、第三国民としてやってきています。
しかし、情勢は不穏です。
トッドは、いつ何時ドイツにおいて「人種隔離政策」が浮上してくるか分からないと述べていますが、日本は同じ轍を踏むべきではないと思います。

日本はいつまでも温かい国であり続けてほしいと思います。
西尾幹二さんがかつて、中央公論の「夢の憲法前文をつくろう」というイベントに参加して投稿したという文章(の一部)を掲げます。




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