学生時代を振り返る(2)
昨日の続きです。
東大闘争に端を発した全共闘運動はなぜ起こりなぜ唐突に終わったのか、作家や知識人は自分らの始めた社会変革運動の挫折をきちんと総括したのか、そして全共闘やってた人たちはどこへ消えたのか。
このような素朴にして一種切実な疑問に答えが得られないまま、長い年月が経ちました。
答えが得られなかった理由の一つは、自分自身が渦中にいたからであり、その渦の全体を眺める外からの視点を持てなかったことにあると気づいたのは最近のことでした。
私たちの時代に先行し、あるいは遅く生まれて冷静にあの時代を観察できた人の意見、特に歴史家の見解を知ることで、ようやく当時何が起きていたのかおぼろげながら見えて来るようになりました。
それを簡単に述べてみようと思います。
たとえば西尾幹二さんによると、1960年代から70年代にかけての時代は戦争の4年間より大きな変化を社会に与えた特筆すべき時代だったそうです。
小津安二郎の映画を観ると、戦後の新しい風俗と戦前の風俗や生活感情が入り混じった奇妙な過渡期の時代を肌感覚として体験できますが、一説によると室町時代に出来上がった農村の仕組みは60年代から70年代、すなわち高度成長期に至って初めて、そして一気に変わったのだそうです。
農村が解体し、藁葺き屋根がなくなり、農村家庭の嫁取りに関する伝統的な仕組みや桎梏がなくなるのはこの時代ですし、町中でもサザエさんの家のような縁側のある建物が作られなくなり、ちゃぶ台を囲んで食事する習慣も消え、蚊帳を吊って寝る暮らしもなくなりました。
私の学生時代は、このような激変する社会を象徴し先取りする分水嶺のような時代、文字通りの転換期だったわけです。
少し詳しく見ると、まず1945年に戦争が終わり、すぐ続けて米ソの冷戦が始まりました。
共産主義が敗北した今となっては実感として容易に理解することはできませんが、あの頃はソ連が優勢であり、世界中で多くの支持者がいたそうです。
西尾さんによれば、日本は朝鮮やドイツのような分断国家にこそなりませんでしたが、国内に「見えない38度線」が引かれ、大学の知識人だけでなく、大蔵省のような主要官庁にも大勢の共産主義者(ソ連シンパ)がいて、いつ政府が転覆され日本が共産化するかわからないほどの不安定な時代が続いたのだそうです。
私が大学に入る少し前の時代がこんなだったとは、全く想像もしたことがありませんでしたが、その日本国内で米ソの冷戦の代理戦争が行われたのが「60年安保」だったのだそうです。
だから東大闘争や全共闘運動というのは、次の「70年安保」を革命のチャンスと捉えた共産主義者たちが大挙して東大に押し寄せ、最初は単なる医学部内の抗議活動だったのを乗っ取って革命運動へと換骨奪胎した事件であった・・・ということになります。
そういえば、小田実のベ平連もKGBから資金提供を受けていたことが後にバレましたね。
ところが幸か不幸か、この頃から高度成長期の果実が人々の生活を潤し始め、もともと社会の不公平を取り除き人民の生活水準を向上させる目的で広まったマルクス主義がもはや必要とされなくなってきました。
革命家(旧左翼)がいくら鼓舞しても、人民は革命の歌を歌わなくなったのがこの時代であり、それが東大闘争を収束させた影の力であった・・・ということです。
ただその過程では、依然として口先だけで革命や社会変革を説く無力な旧左翼(多くは作家や大学知識人)に対し、若い学生たちが回答不可能な難問をぶつけるというステージが出現し、それが全共闘運動(新左翼)として花開いたわけですが、これは一時の徒花であり、その抱える矛盾によって最後は内部崩壊していきました。
この当時、高度消費社会到来の意味するところをいち早く見抜き、多くの論評を発表するとともに自身がコム・デ・ギャルソンのモデルになったりした吉本隆明の言動は、旧左翼から「転向」などと罵られましたが、思想家としてさすがと思います。
また、共産主義がキューバやベトナム、カンボジアなどを席巻する中で起きた「プラハの春」がソ連型革命の不毛性とソ連消滅の予感(こんなことをする政治は最終的には人民に受け入れられないだろう)につながる中で、いち早く混沌に思想的な終止符を打とうとしたのが三島由紀夫の一連の行動だったと見ることもできそうです。
いささか性急に過ぎたきらいがありますが、やはりこの人も「目のよく視える」人だったのでしょう。おかげで、日本の旧態依然たる「文壇」は木っ端微塵に打ち砕かれ、ついでに「知識人」神話も消えて無くなりました。
以上で、私の学生時代にまつわる疑問の多くが、一通りの回答を得たわけで、私もこれでようやく自分史の空白期間を埋めることができました。
え? 新左翼はどこへ行ったかって?
素知らぬ顔をして、団塊の世代の年金生活を不満を言いながらも謳歌しているんじゃないかなあ(笑)。
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