青年Aの夢と現実
青年Aは美しい少女Eに恋をしました。しかし、知的で純粋で生真面目な青年Aはなかなか思い切った行動に出られず、そうこうしているうちに少女Eはその上司にまるめこまれて彼と結婚することに同意してしまいます。
失意の青年Aは、ちょうどその頃始まった世界大戦に一兵卒として参加し、ポケットに彼女の写真をしのばせて勇敢に闘いますが、生き残ったのは6人に一人という激戦で負傷します。心も体も傷ついた彼は、名誉ある勲章をもらい、戦争に負けた祖国に戻ってきます。
そして、かつて住んでいた街に戻り、荒れ果てた街路を歩いていると、隣接した公園でみすぼらしい街娼に声をかけられます。
なんと、その街娼はあの忘れもしない少女Eでした。
彼女は結婚の約束をした上司に騙され、夫人ではなくおめかけさんにさせられ、やがて子供ができると捨てられ、食べるために仕方なく娼婦をしていたのです。
しかも、性病にかかり、見る影もなくなっていました。
これ以上ないほどの残酷な出会いです。
青年Aは自分の住所を書いた紙切れを彼女のポケットにねじ込み、困ったことがあれば力になると言い残してその場を離れました。
翌日、青年Aの元に警察が訪れ、昨日の公園に連れて行かれます。
少女Eはそこの樹で首を吊って自殺していたのです。
取り調べが終わり、数日経過したある日、少女Eの上司Bが自宅で射殺されているのが見つかりました。10mの距離から心臓を一発で仕留められ、現場には軍靴の跡が見つかったので、警察は青年Aを取り調べましたが、彼は軍隊の友人から一緒にいたというアリバイ証言が得られたため、解放されました。
青年Aとは若き日のアドルフ・ヒトラーです。
少女Eは女工のエルナ、上司Bは職長のボースです。
このような体験をすれば、彼がこの世界を恨み、それを作り直そうと決心するに至っても不思議ではありません。
この時の彼の気持ちを音楽で表現しようとすれば、やはり「怒りの日」が最後に繰り返されて終わるモーツァルトのレクイエムを置いて他にはないでしょう。
彼の主著『我が闘争』は、ドイツでは出版が禁止されているし、日本でも出版するとユダヤ人からクレームが入るらしく(青空文庫化はそれで断念した)、現在ではかろうじて角川版がKindleで読めるだけですが、一読すればわかるようにヒトラーは大変な知識人です。
頭が良い上に、文化や芸術に関心が深く、幅広く読書していることがわかります。
もちろん、弁だけでなく筆も立ちます。
彼の愛読した本には「ロビンソン・クルーソー」「アンクル・トムの小屋」「ガリバー旅行記」「ドン・キホーテ」「ゲーテ詩集」などがあり、さらに「シェークスピア全集」を熟読していたそうです。また、聖書にも精通していたと言われています。
しかし、『ヒトラーの秘密図書館』という本がありますが、ミュンヘンとベルリンの彼の私邸、及び南アルプス山中の山荘に、彼は膨大な蔵書を保有していたそうで、この本では以下のような蔵書も紹介されています。
- M.オスボルン『ベルリン』(建築)
- D.エッカート『戯曲ペール・ギュント』
- ヒトラー『我が闘争第三巻』(未出版)
- M.グラント『偉大な人種の消滅』(人種論)
- P.d.ラガルド『ドイツ論』
- A.フーダル『国家社会主義の基礎』
- M.リーデル『世界の法則』(オカルト本)
- F.ロクス『シュリーフェン』(軍事年鑑)
- S.ヘディン『大陸の戦争におけるアメリカ』:あの冒険家S.ヘディンはヒトラーと親交があった!
- T.カーライル『フリードリヒ大王』
まことに"蔵書を見ればその所有者の多くのことがわかる"(W.ベンヤミン)です。
ドイツの戦争責任追及は徹底的で模範的だとされていますが、意地悪い言い方をすれば臭いものに蓋をした、その蓋の仕方が徹底的だっただけかもしれない。
ふと、そんなことを思ってしまいます。
別にヒトラーを賛美する訳ではありませんが、その才能と運命の関係について、もっとオープンに語られても良いのではないかと思います。
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