ソルトレークシティの記憶
まだアメリカに慣れていなかった頃、ソルトレークシティに一人で行ったことがありました。
冬でした。
ホテルで夕食を終え、腹ごなしに夜の街をそぞろ歩きしていたら、公園のスケートリンクで子供達がアイスホッケーに興じていて、大人達がそれを楽しそうに眺めていました。
私もしばらく見ていましたが、やがてゲームは終わり子供達は大人たち(親だったらしい)と一緒におしゃべりしながら家路に着きました。
皆白人の子で、天使のように可愛いく生き生きとした子供達でした。
もうかれこれ夜の10時ごろで、普通なら、特にアメリカの都市では、大人でも通りを歩くのは危険な時刻です。この街はよほど安全なんだと驚きました。
翌日、モルモン教の総本山を訪れました。
白亜の大理石の立派な建物でした。
そこには幸せな家族の絵が宗教画の代わりに掲げられていて、モルモン教が理想とする家庭について述べた本が並んでいました。私は一冊買い求めようとしましたが、ここでは売ることができないので日本のあなたの家に直接届けるからと言われ、代わりにモルモン教の経典をもらいました。
すっかりこの街が気に入り、ここは地上に実現している理想郷だと思いながらホテルに戻り、少し体を動かそうとプールに行きました。プールには二人ほど泳いでいましたが、私が泳ぎ始めるとすぐに水から上がり、プールサイドで何か喋っています。
よく聞き取れませんでしたが、「イエロージャップ」という単語が耳に入りました。
聞き間違いだったかもしれませんが、どうやら汚らしいイエロージャップと一緒じゃ泳げたものじゃないと言っているようでした。こちらを見ている視線も厳しい感じがしました。
私はすぐに泳ぐのをやめて退散しました。
ソルトレークシティは米国の典型的な「白人都市」だったのです。
翌日はデンバー経由で別の都市に向かいましたが、プールの一件が心に重くのしかかっていました。
そんな時、空港の売店で何かを買ったら、売り子の黒人のおばさんが私の新調したばかりのコーデュロイのジャケットを指差して「お兄さん、なかなかイカしてるよ、それ」と笑いながら言いました。
緊張が一気にほどけました。
帰国してしばらくしたら、突然自宅にモルモン教の勧誘がきましたが、お断りしました。当然、本はもらえませんでした。
トランプ大統領自身かその取り巻きの誰かかは忘れましたが、アメリカを取り戻せというような文言とともに一枚の絵がTwitterにアップされていました。それを見た時、私は上記のエピソードを思い出しました。
その絵には二人の子供を連れた夫婦が大草原に佇んではるか遠くを望んでいる光景が描かれており、彼らが愛し誇りに思っている生活をシンボリックに表現していました。
トランプを支持する人達は、もう一度このような暮らしを取り戻したいのだということがよくわかるとともに、それはまた白人だけの世界であり、そこには私のような者の入り込む余地はないことをもはっきり示しているようでした。
私の心安らぐ土地はデンバーであって、ソルトレークシティではなかったのです。
アメリカは移民国家ですが、実権を握っているのは白人です。機会均等と言いアメリカンドリームとは言うものの、実際には人種間で大きな経済格差があり、それが世代を経るに伴ってどんどん拡大していきます。コロナによる死者は白人より黒人の方がはるかに多いのも、このような経済的要因が背景にあると思います。
経済だけでなく、日常生活においても様々な形で人種差別が横行しています。そしてまた、これだけ非白人が増えると白人の側も圧力を受けるようになり、社会不安が深刻化してきています。それがまた非白人の側に跳ね返ってきています。
ソルトレークシティから締め出された私がもしアメリカに住んでいれば、アメリカをデンバー的国家にしたいと思うでしょう。
結局、移民国家というのは本質的に不安定で、それが国を真っ二つに分断する根本原因ではないでしょうか。
労働力不足の穴埋めに移民政策を推進しようとしている自民党政権ですが、短慮のそしりを免れないと私は思います。
そのアメリカですが、とうとうトランプ政権は終焉の時を迎えてしまいました。
トランプ支持者のユーチューバーなどでは、戒厳令の発動などトランプ大統領の大逆転を期待する向きも多かったですが、そんなことは起きませんでした。
考えてみれば、トランプは北朝鮮の時にそうだったように、最大限の圧力をかけはするが決して武力行使には踏み切らない平和主義の人です。
政権内部で激論が交わされたと言われていますが、結果的に第二次南北戦争に至らなかったことは評価されて良いと思います。
そして、彼とポンペオが最後に打った様々なdeclassification(文書の機密解除)の効果が、これから先、じわじわと現れてくるのを期待したいと思います。
楽観は絶対に禁物ですが。
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